2021年8月9日月曜日

この世は金と数学。映画『マージン・コール』と投資銀行の男の話

とある時期に、投資銀行勤務の男にハマっていた。

投資銀行勤務といっても、タワマンの上層階に住んで女を取っ替え引っ替え、という世間のよくあるイメージとは少し違って、ただたまたま数学が得意でお金も稼げるからその世界に入った、というインド出身の大学院上がりの若者だった。

その若者とはニューヨークで出会った。

友人には、「投資銀行の男なんて結局モデルとフッカーを取っ替え引っ替えの最低野郎になるだけだ」と忠告を受け、

そんな予言も的中し、その付き合いも数ヶ月で終わり、疎遠になった。


5年後、数年ぶりに連絡が入り、聞くと、アメリカの永住権を取得し、職場徒歩圏内のマンハッタンのとあるジム付きマンションで一人暮らしを始めた、ということだった。


5年前は、同郷の友人たちと、ブルックリンの2ベッドルームの部屋に3人で工夫して住み、冬でもビーサン、部屋には謎の数式が書かれた紙が散乱していた、あの男がだ。

初めて会った時、ニューヨーク大学の学生証を少し自慢げに見せていたあの若者が。


色々思うところがあったが、素直に「すごいな」と思った。あのニューヨークの生き馬の目を抜くような環境で、外国人が6年以上生き残っていること。

そして、ジム付きマンション暮らしといっても、きっと服にも家具にも興味がないあの男は、今でもDellのくそ重いラップトップとモニター、職場でもらったタンブラーくらいしか部屋にないだろうと想像もついた。

ドラマ『 Sex and the City』や『Friends』に出てくるようなNYのアパートメント、あるいはマンハッタンの夜景を望めるガラス張りのコンドミニアムの住民は、実際は、数字の強さとタフさを武器に金を稼ぐ、若きウォール・ストリートの金融関係者だったりする。


投資銀行勤務で得られる破格な給料と華やかな生活を羨ましく思うのは簡単だが、その裏で金を生み出す薄暗いマネーゲームは、この映画『マージン・コール』に全て描かれている。



『Margin Call (マージン・コール)』2011


2008年のニューヨークのとある投資銀行で起きたレイオフ(大量解雇)の場面から始まるこの映画は、上級幹部役にケビン・スペイシー、デミ・ムーア、『メンタリスト』のサイモン・ベイカーといった名俳優を揃え、入社1-2年目の若手アナリスト役にザッカリー・クインと、『Gossip Girl』のペン・バッジリーと、しっかりと味のある役者で脇を固め、同じ金融危機を描いた『Big Short (マネー・ショート)』と比べると派手さはないながらも、この時代の金融危機を描いた名作だと個人的に思う。






色んな名シーンがあり書ききれないほどだが、特にケビン・スペイシー演じる部署のトップ、サムが、フロアの8割の人員を大量解雇した直後、残った社員を集めて「This is your opportunity」と鼓舞するシーンは、幹部としての圧倒的な貫禄を見せつけながらも、「このハードな環境で34年間勤めてるあんたこれまでどんな汚いことをして生き残ってきたんや...」という残った若手社員たちの心の声が聞こえるようで、静かなプレッシャーを感じるシーンでもある。

また、むちゃくちゃな戦略を押し付けようとする上司に「Fuck you」と言い放つサムは、頼れる上司としての気骨を持ち合わせているが、最終的にはやはりウォール・ストリートの人間だと思わされる人間性も匂わせ、やはりケビン・スペイシーは名俳優だと納得するしかない。(私生活であんなことがなければもっと今後も幅広くいい映画に出てほしかった...)


名俳優の味のある演技とは別に、個人的なお気に入りシーンは、若手アナリストのピーターとセスが、行方不明のエリックを探す名目でニューヨークのストリップバーで時間を持て余すシーン。




薄暗い店内に淡々と低音のダンスミュージックが流れ、ピーターとセスは、興奮するでもなくただただ無表情でストリッパーを眺めている。

そして、彼女たちの1日の報酬はいくらだろうと、どうでもいいような会話をして酒を飲み時間を潰しているのだが、よく見ると周囲の客も同じように、スーツを来た20代そこそこの男性客で、きっと彼らも金融関係に勤め、仕事で燃え尽きた後の長い夜をこうやって一人静かに欲を紛らわせながら過ごしているのだろうと容易に想像がつく。


この、20代の若者が本来なら興奮する対象である美しい女性たちにも見飽きたとばかりに無感動な表情で、唯一興奮を呼び起こせるのがお金の話、という状況が生々しい。

こういう雰囲気を醸し出すニューヨークのバーと客層が、「うわあ、どこかで見たことがある」と既視感を覚え、とてもリアリティがあった。

ちなみに、ペン・バッジリーは近頃本当にいい役者だと思う。この映画でも、他人がどれくらい稼いでいるかしか興味のない軽薄な若手社員を演じてハマり役だが、Netflixオリジナルの『You』でも文化系やさ男と思いきやとんでもないサイコパス野郎を完璧に演じていて最高だった。


この映画の最後では、生き残れた者と、生き残れなかった者がはっきり示される。

会社のため、保身のために他人を犠牲にした者も、さらに別の他人のための犠牲になり、会社を去る。

そして、2008年に起きた金融危機のその後、2021年までに投資銀行に起こった諸々の大損失事件を知っている私たちの目から見ると、ここで生き残れた者も、きっとその後去る運命になっていただろうことがわかる。


金融業界は厳しい。例え平均の4〜5倍以上の年収がもらえるとしても、絶対に入りたくない世界だし私なら息さえできず片手でひねり潰されると思う。

でも資本主義の本質がここにはあって、頭から否定するだけなら、じゃあ今のお前の生活はどうやってできてるん、ととばっちりを食らうだけだ。

従順に受け入れたくはないが、この金融や経済の仕組みを知らないで通り過ぎると今後の自分の生活も危ぶまれるという危機感を覚えたいい教訓になった映画。

そして、お金と数字にしか反応できなくなった男には、二度と引っかからないようにしようという一番大事な教訓がここにはあった。

2021年3月28日日曜日

Netflixインディアン・マッチメイキング(Indian Matchmaking) の感想

 最近は会う人会う人に『Netflixのインディアン・マッチメイキング観た?』と聞いているのだけど、誰からも『観たよ!』という返事をもらえず、悲しみに暮れ、ようやく重い腰をあげブログに思いをぶつけようと思った。





『インディアン・マッチメイキング(Indian Matchmaking) 』は、2020年のNetflixのオリジナルシリーズのリアリティショーで、邦題をググると『今ドキ! インド婚活事情』という、口にするのも憚られる恥ずかしいタイトルが出てくるので、この記事内では『インディアン・マッチメイキング』と呼ばせていただく。


この作品がNetflixにリリースされてまもなく私のNetflixのトップ画面に上がってきたので、皆にとって話題のシリーズだと思い込んでいたが、友人に言わせると、『アルゴリズムであんた好みの作品だから上位に表示されただけ。』と言うことで、日本でNetflixのトップ画面にこの作品が表示された人とぜひ友達になりたいと思っている。


話の内容は、タイトルからお察しの通り、インド人が主人公の恋愛リアリティー番組で、インドのお見合い結婚専門の斡旋業者、通称マッチメーカーを通して、インド人男女が人生のパートナーを見つけるリアリティーショーだ。


実際、1話目を見るまで、「インドの」恋愛リアリティショーだと完全に思い込んでいたが、実際は、登場人物のほとんどが「インド系アメリカ人」という、どちらかというとアメリカのリアリティーショーである。


1話ごとに、約3組の男女各々のストーリーと性格、相手探しの条件とバックグラウンドが語られ、『テラスハウス』のような登場人物全員が一気に参加する形ではなく、男女1組ずつ、別々のストーリーと場所(都市)でマッチメイキングが進んでいく。


皆が一応結婚を視野に入れた相手探しで、インド人の結婚事情上、相手に求める条件は恐ろしいほど、高い。


登場人物はインド系アメリカ人が多いとお伝えしたが、アメリカ生まれで性格的にも自分自身をアメリカ人として認識している彼らも、結婚といえば、「インド人、高学歴、職業も医者や弁護士など自身のキャリアと同等以上の人、もちろん同じ宗教」という、典型的なインド人の結婚の価値観が噴出する。


弁護士をしている34歳テキサス育ちのアパルナ。ニュージャージーでイベントプランナーをしている33歳のナディア。ムンバイでジュエリーデザイナーをしている30歳のプラージュマン。


インドにおけるインド人の初婚平均年齢は22.3歳(2018年のデータ)といわれる中、30代でインド人の結婚相手探しをするのは相当なハンデがある。

その上キャストたちは、インドではアッパーミドルクラス以上の比較的裕福な家庭の出身にあたるという背景もあり、かなり限られた母数の中から探さないといけなくなることはわかりきっているはずだが、彼らインディアン・マッチメイキングのキャストたちは、相手探しに一切の妥協がない。

むしろ、上に挙げた典型的な条件に加えて、性格においても、見た目においても自分の強い好みを突きつけてくる。


ちょっとは妥協しろよ!


そんな無理難題に挑むのは、ムンバイのベテランマッチメーカーをしているシーマ。このムンバイの頼れるおかっさん、百戦錬磨の結婚コンサルタントが、毎度頭を悩ませながら依頼人の好みに合う相手を何人か見つけ、提案する。それなのに、中には提案した全員とのデートすら断るキャストもいる。


ストーリーごとにシーマがカメラの前で「条件が厳しすぎる」、「彼女は妥協を覚えないといけない」と近所のおばちゃんが井戸端会議で喋ってるような愚痴を垂れるのもこの番組のお決まり行事になっている。


私は、基本リアリティショーはフィクションとして観るようにしており、大体いつも途中で筋書きが読めたり、過剰な演出が嘘くさく感じて見なくなることが多いのだが、『インディアン・マッチメイキング』は、インドという特異なカルチャーと今まだ残る伝統的なお見合い結婚文化がミックスされ、「次は何が一体出てくるんだ?」といい意味で期待を裏切られ、一気に最後まで観てしまった。


キャスト一人ひとりのストーリーとバックグラウンドに個性があり、自分が知らないアメリカにおけるインド人の恋愛事情を知ることもできたし、文化や国籍の違いを超えて、私と同じ30代の相手探しや人生の悩みにも共感を覚えた。

恋愛の悩みは、ほんと万国共通。


インド好きにはマストウォッチなリアリティーショー『インディアン・マッチメイキング』。まだシリーズ1のみの全8エピソードなので、今のうちに一気みしておくことをおすすめします。

2021年2月6日土曜日

ハレ・クリシュナ運動を広めたインド人のドキュメンタリー "Hare Krishna! The Mantra, The Movement And The Swami Who Started It All"





Hare Krishna! The Mantra, The Movement And The Swami Who Started It All (2017)

1960年代に、ハレ・クリシュナ運動をアメリカに広めた、インドのスワミ・cの生涯を振り返るドキュメンタリー映画。

ニューヨークのユニオンスクエア公園を一度は訪れたことのある人なら
このハレ・クリシュナがどんな集団かピンとくるはず。

ユニオンスクエアで、「ハレ〜クリシュナ〜 ハレ〜クリシュナ〜」というインドっぽい音楽とチャントの流れる方角に目をやると、オレンジ色のサリーに坊主頭で、踊るインド人....かと思いきや、主にヨーロッパ系白人集団がくるくると踊りまくっているという光景を目にすることができる。

私も、初めて見たときは衝撃を受けた。

なんだ、インド人じゃないんだ、と。

このドキュメンタリーは、まさにその疑問を解決してくれる良作で、スワミ・スリラプラブバーダがアメリカに渡った当時から、スピリチュアルな文化に精神的な安らぎを探し始めた当時の若者たちに影響を広げていく過程、ビートルズのジョージ・ハリソンとハレ・クリシュナの関わりまで、アメリカにはなかった新しい哲学がどのように受け入れられていったかが、当時若者だった信者たちのインタビューを交えて、臨場感たっぷりに語られる。

何より、インタビューに出ているすでに60代と思われる当時の信者たちが、何より幸せそうにスワミ・スリラプラブバーダのことを語るのが印象的だった。

そして、初老になった今でも40年前の、ハレ・クリシュナ信者の格好をしていたり(今も本格的な信者なのだろうが)、そうでない人も、首に巻いた革のネックレスだったりかすかにヒッピーの面影を残しているところが、いい。

人は好きなことを信じればいいし、何年経っても同じものを好きだっていい。

このドキュメンタリーに出てくる人たちは皆宗教的だが、スピリチュアル的な考え方にそれほど抵抗がなくなった現代に置き換えると、格別おかしなことを言っているようには聞こえない

そして、個人的にこの映画を観ての最大の収穫は、私がインド文化に入れ込んでいる根本的な理由がわかったことだ。

映画の中で、スリラプラブバーダと信者たち一行が、拠点としていたニューヨークからサンフランシスコへ渡る場面があるが、それは私が10代の時に雑誌で見て以来、影響を受け続けている、サンフランシスコのアレン・ギンズバーグなどのビート文化やヒッピー文化がまさに頂点で栄えていた時代の光景だった。

ビート、ヒッピー、東洋思想、スピリチュアル、インド。

私もその時代にアメリカに生まれていたら、ハレ・クリシュナの信者だったかもしれない。

そういえば、私が昔からオレンジ色の服を好んで着るのはただの偶然だろうか。