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2024年1月3日水曜日

インド旅行記 2日目ムンバイ

 充電器を探す


インド2日目。
ホテルのテラスで朝食とマサラティー。初めて食べるものばかりだったが、意外とおいしく、今後ハマりそうな予感。

野菜や豆でできていると見られる朝食


朝食後は、iPhone充電器とSIMカードを探しに街へ。
あまりに遠くに行き過ぎると、帰り渋滞にはまって飛行機に遅れそうなので、近場のBandra WestかVile Parle周辺のショッピングモールを目指す。

オートリキシャーを拾ってBandraのショッピングセンターを目指すも、それらしきものが見当たらず。午前10時台だったからか店はほとんど空いていない。
ネット接続できないので、道行く若者にWifiを借り、現在地を特定してもらう。
Brandra Westは、ムンバイの高級住宅地かつ流行発信地のため、アッパーミドルクラス以上の住民が多く、英語を話せる人(服装や雰囲気を見るとまあまあ特定できる)に遭遇する率が高い。

ちなみに脱線するが、個人的な感想で言うと、Bandra Westは高級住宅地と言っても、日本でいうところの「高級」のイメージとは少しずれる。
ヨーロッパの街角かと見間違うかのようなお洒落なマンションやカフェ、レストラン、ブティックは点在するが、少し歩けば、果物や野菜を売る露天商や、貧しい人たちのバラックの家、のっそりと道に居座る牛、などに出くわす。ラグジュアリーと貧困が隣り合わせになっており、さらにお互いが干渉もせず、興味も持たず、それぞれがただ存在している、という感じに近い。

そして歩道には犬(と思いたい)の落とし物が無数にあるので、下を向いて歩くのが癖になってくる。
もちろん、ムンバイの他のエリアに比べると、気持ち的に街歩きは格段にしやすい場所だが、日本や欧米の「高級」さをイメージして降り立つとかなり面食らうと覚えていた方がいい。

とまあ、そんな場所なので元々そこまで期待はしていなかったが、ショッピングセンターは見つからなかった。


そんなわけで、とりあえず周辺を歩いているとようやく、合法か非合法なのかよくわからないグレーゾーンな露店の携帯ショップ(こういうのはインドに無数にある)を見つけた。
USBケーブルは持っていたので、プラグ部分だけをくれ、と頼んでそれでもだいぶ、現地基準でいうと増し増しな金額で購入。

ムンバイに来ると、移動やら買い物やら、大体切羽詰まっていて、お金で不安をすぐ解決しようとしてしまう悪い癖が出る。
ただ、充電器があるという安心感はものすごい。あと9日間をモバイルバッテリーとホテルのWifiのみで過ごすのは心持たないから。


Vodafoneショップで粘る


次はSIMカードだ。
Airtelはインドの大手キャリアというのもあり、なかなかルールが厳しそうだったため、別のキャリでの購入に狙いをつける。
 Vodafoneで売ってもらえた、というブログ記事を昨晩目にしたため、Vile ParleのVodafoneショップを目指す。

Vila Parleは、空港の西側に面したエリアで、中間層の住む郊外の住宅地というイメージ。小さな店が多い。
Prime Mallという、ショッピングモールらしき場所にあるVodafoneショップへオートリキシャーで向かう。
Bandra Westでオートリキシャーを捕まえる際、ドライバーにPrime Mallという目的地の場所がなかなか通じず困っていたら、英語を話す住民らしき人が2−3人集まってきて、ヒンディー語でドライバーに行き先と道を伝えてくれた。

今回の旅で気づいたのだが、オートリキシャーのドライバーは、英語のみならずヒンディー語の読み書きができない人も多いようだ。
口頭での巧みやコミュニケーションがいかに大事かを思い知らされた。

現地のナイスな人たちにオートリキシャーのメーターの仕組みも教えてもらい、ちょっと安心してPrime Mallへ到着。

こちらもまた「ショッピングモール」のイメージからは若干遠いが、電化製品や中古携帯ショップが密集した、田舎の小さいドンキホーテのようなモールであった。

やっと辿り着いたVodafoneは、閉まっていた。

それどころか隣の店、美容院や占いやらも軒並み閉まっていた。
やはり日曜というのが関係しているのだろう。

一軒空いていた店の親父さんに、Vodafoneはいつ開くのかと聞くと、「大体11時前には開くと思う」の返事だった。
ということは多分開くとしても12時だろう、と思ったが、とりあえず30分は待ってみようと周辺を彷徨くことにした。

こんなドンキホーテのようなモールであっても、出入り時にはセキュリティがおり荷物検査があるので、一旦出るともう一度入るのがちょっと面倒くさい。

外に一歩出ると、服屋やレストランが並ぶ賑やかなIrla Vila Parle Roadに出る。
ここでも外に立っている若者に、SIMカードはどこで手に入るか質問するなど、頭の中はSIMカードでいっぱいであった。

30分以上は待ってみたが、Vodafoneは開かなかった。
諦めてホテルに戻り、空港へ向かう支度をする。

午後3時の便で、ムンバイから北へ約2時間離れた、ラジャスターン州のジャイプールへ向かった。




インド旅行記 1日目ムンバイ

インド一人旅再び 


人生二度目となるインド一人旅は、再びムンバイから始まった。

インド最大の商業都市であり、金融と映画産業の中心地でもある。

映画『スラムドッグ・ミリオネア』で舞台となったこの大都市は、富と貧困、新と旧、西洋と伝統、あらゆる多様性が共存するカオスな都会で、インド好きの私にとっても個人的に思い入れの強い場所である。


ムンバイのチャトラパティ・シヴァージー国際空港


5年半ぶりとなるインド旅の主な目的は、北西インドのラジャスターン州の古都、ジャイプールを訪れることだった。

ウェス・アンダーソン監督のインド舞台の映画『ダージリン急行』でも注目を浴びたジャイプールは、ピンク色やパステルカラーのフォトジェニックな城壁や家々が立ち並び、「ピンクシティ」とも呼ばれる。そこにどうしても行きたくてたまらなくなったのが2023年の4月。

北インドのラジャスターン州は、3〜5月の気温は40度超すのが日常なため、街歩きが困難な暑すぎるこの時期を避け、気温が10〜20度の過ごしやすい11〜12月の乾季になるのを待ち侘びていた。

そして、12月中旬。成田空港からムンバイへと旅立った。

ANAでムンバイへ


航空券はマイルで購入し、ANAを利用。

行きの乗客は、ほとんどがインド人。

インド人はベジタリアンが多いため、CAがベジタリアン用の機内食をオーダーした人に対して、一人ひとりに口頭でチェックした上で、配布が始まる。

順番が決まっているのかどうか不明だが、私が食べるようなノンベジタリアン用を全て配布した上で、ベジタリアン用が配布されたため、非常に時間がかかっていた。

ベジタリアン食が配布される頃には、ノンベジの人はほぼ食べ終わっているような時間帯で、ベジタリアンの人に少し気の毒に感じた。

そんなこんな言いながら、約11時間でムンバイに到着。


どこらかしこにもいるインド土着の犬たちがお出迎え。


SIMカードが買えない


私は海外旅行では、基本的に事前にSIMカードを買っておく派なのだが、今回は、私のインドでの滞在期間と欲しいデータ容量に合うSIMカードが見つからなかったため、現地空港で買うことにしていた。

事前に入念にネットやRedditの情報で、ムンバイの空港にSIMを売るAirtel(インドの大手携帯キャリア)があることは確かめていたのと、前回のインド旅行でも空港でSIMを購入したため、今回も自信満々で夕方空港に到着。

入国審査を経て、出口を出てまっすぐ行った際にAirtel発見。

手書きの貼り紙に、"Indian nationals only" (インド人専用)とあったので「まさか」と思ったが、一応店員に尋ねてみる。

するとやはり、SIM購入にはインドの電話番号が必要、とのこと。

"City, city!"(街で買って!)

と追い払われた。

(いやいや、国際空港でSIMカードを必要とする人間は基本的に外国人だろうよ...)と心の中で悪態をついたが、気を取り直して、とりあえずホテルまで行くことにする。


高いタクシー代


前回のインド旅では主にUberかOla(インドの配車サービス)を使って移動していたため、今回もそれに頼るつもりでいた。
ただ、今回SIMがなくインターネットに全く繋がらなかったため断念し、空港にあるタクシーの配車サービスを使うことに。

空港で依頼するタクシーが、流しのタクシーよりさらに高いのは予想していたが、値段を尋ねるとなんと40分の距離で1,200ルピー(約2,043円。2024年1月現在)。

Uberだと、高くても200-300ルピーの相場のため、通常料金より相当ふっかけられているのがわかった。
ちょっと安くならないかと言ってみたが「混んでいる時間帯だから」と言い切る。
とりあえずSIMがない不安と一刻も早くホテルに着きたい欲で、タクシーを呼んでもらうことに。

金額と行き先が書かれたピンク色の紙を持って、地下のタクシーエリアへ。
インドでは、タクシーやオートリキシャーの運転手は英語を話さない人が多いため、英語の話せる受付係の人に、こうやって行き先などを、手書きや現地の言葉で事前に伝えてもらえるととても助かる。

冷房の効いた空港内から外のタクシーエリアに出ると、むっとした湿度と気温が押し寄せてきた。
ああ、インドに来たなあという感じ。

「ここで待て」という場所で待つこと30分。タクシーが来ない。

タクシー運転手らしき男たちはわらわらとそこら辺で雑談しているが、私用の車を出してくれる気配はない。
声をかけてみるが ”10 minutes”(あと10分)と言われるだけ。

しまいには、私より後に来たように見える白人の中年男性を、先に車に乗せ出した。
そこで、堪忍袋の尾が切れた私は、運転手らしき男たちにずんずん向かって、文句を言う。

彼らは英語をそこまで話さないので、何か彼らの言葉で反論してくるのはわかるが内容が理解できない。

あまりに私が不服そうな態度を出していたのを察してか、一人が椅子を持ってきて、ここに座って待てと合図した。

そうしてしばらくすると、やっと私のタクシーが来た。

冷静になって考えみると、私にあてがわれた車は事前に決まっていて、その車が空港への道の渋滞にはまって到着が遅れたのだろうと思った。

夜のチャトラパティ・シヴァージー国際空港

ムンバイの陽気なドライバー

乗った車のドライバーは、英語を話すフレンドリーな中年男性だった。
「日本はテクノロジーが発達した国だ」と、自分の車がSUZUKIであることを私に知らせてくれた。
私はタクシードライバーと雑談をするのが好きな方で、今回のドライバーのように、人と話すのが好きで、さらに他国の文化にも興味を持っている人に当たると嬉しい。

ムンバイはいつ何時でも渋滞している


大学出の知識階級ではなく、その道何十年のドライバーから聞く話はリアリティに溢れ、本音以外の恐らくだいぶ盛った話も混在しているだろうが、井戸端会議を耳にしている気分になる。

ドライバーは「日本は良い国だ。インドはダメだ」と笑いながら話した。
私が、「ムンバイにももうすぐ新幹線が通りますね」と言うと、嬉しそうに建設の進捗について語ってくれた。

私がSIMカードを買えなかった話をすると、空港周辺のマーケット(露店)を指差しながら「こういうところなら電場番号なしでも買えるよ。買ってこようか?」と提案してくれた。
ただ、初日からややこしい交渉ごとに巻き込まれるのも厄介だったので、やんわりと断り、そんなこんなでホテルに到着した。

充電器がない


ホテルはアラビア海に面したムンバイの高級住宅地の一つであるJuhu(ジュフ)にした。
次の日の午後には、また空港に戻ってジャイプールに移動するため、空港に近いところが便利だと思ったからだ。

そこで、iPhoneの充電器を自宅に置いてきたことに気づく。

日本からインドのプラグの変圧器兼アダプターはしっかりと持参してきたのに、充電器を忘れるとはあまりにもうっかりしていた。

ホテルの受付でもiPhone充電器は貸し出していないと言われたので、アメリカにいるインド人の友達に相談し、マーケットいわゆる露店で入手することに。
次の日は日曜のため店が空いていない可能性もあると心配されたが、なんとか充電器とあわよくばSIMカードが手に入ることを祈りながら就寝。

2日間は、ムンバイからジャイプールへ移動する。


Juhuのホテルから見たビーチ

2018年10月6日土曜日

インドお金持ち女子の日常 ームンバイ編

ネイティブ・ムンバイカー(ムンバイ出身の人)でYouTuberのRickshawaliが、サウスムンバイとノースムンバイの女子の生態の違いを表すビデオをアップ。


ムンバイって何ぞや、の人にはさっぱりの話だろうが、ムンバイはインド最大の都市で、日本の横浜市と同じくらいの土地の広さに人口約1500万人という世界一人口密度の高い都市。

その中に、世界最大のスラム街もあればうん10億クラスの高層邸宅もごっそりと立ちそびえるという、史上最強に貧富の差が激しい大都市だ。

そんなムンバイの中でも、南の方のムンバイ(SOBO)と北の方のムンバイ (Suburb)でゆったりとした格差があり、南はインド門やターミナル駅など観光スポットや外資系のショップ等が広がる”シティ”、北はどちらかというと住宅街や大学のある”タウン”といった感じ。

大金持ちの住む邸宅はサウスムンバイの海岸沿いに多く、この辺りに住むお金持ちの娘さんは、スターバックスで勉強をしたり(ムンバイのスタバにはドアマンがいる)、お昼に1500円以上するランチをとったり、カーダシアン姉妹のようなパツパツのミニドレスのL.A.スタイルで夜遊びに行ったりと、アメリカなんかに住んでいる人たちとさほど変わらないようなライフスタイルで暮らしている。

このビデオの最初に出てくるのが、そのサウスムンバイのお金持ち女子。
街中で道を聞かれても、ちょっと考えたふりをしたあと「Uberを呼んだらいいじゃない!」という風で、歩いて目的地へ辿り着くという発想はなし。

対照的に、ノースムンバイの庶民的な女子は、相手がちょっと引くぐらいの情報量で親切に道を教えてくれる。話はくどいけど、情報は正確で話し方も論理的なのが私の友人のムンバイカーにも共通する部分で笑ってしまう。

お店でも、サウスムンバイ女子は、外資系らしきブティックに立ち寄り、流暢な英語で欲しいものは値札も見ずに端から端まで購入。5万ルピー(約7万7千円)以上のお会計にも動じず、クレジットカードを差し出す。

ノースムンバイ女子は、街中の庶民的な露天で、交渉してなんぼのムンバイカーの本領発揮を見せる。少しでも安く買った者が勝者であるという信念の元、値切りバトルを仕掛け、結局自分の言い値で商品をゲット。

これはもちろんコメディなので脚色はあるものの、私の見てきたお金持ちのインド女子のイメージはまさにこんな感じで、サウスムンバイ女子のようなインド女子たちは実はニューヨークにも多数存在している!

抜群のルックスと潤沢な資金を持って、アメリカの有名大学で留学生活を送っている頭脳明晰なインド女子たち。うらやましいを通り越して、こっちがファンになってしまうような存在である彼女たちに対する興味はつきない。引き続き調査中。

2018年10月3日水曜日

『ムンバイなう」で擬似インド体験

インドとの接点がなくなりすぎて、ここ2年間で一度も経験したことのない、インドロスを感じている。

あの熱狂や親近感はどこへ行ったのか。
「日本で暮らすとはイコールインド人を見かけないこと」なのではないかというほど、インド人が話題に出ない環境で過ごしている日々は、常識の範囲外のことがなく、平坦である。

そんな訳で、何か自分の人生に、インド的な自分には思いもつかなかったアイデアをもたらそうと、インド関連本をamazonでぽちぽち購入する日々だ。

最近買ったのはこの本。
ムンバイなう


インド古典楽器タブラの日本人奏者で、足掛け20年、タブラの世界的巨匠ザキール・フセインに指事するため、インドと日本を行き来している。

坂本龍一やハナレグミらともコラボレーションする人気ミュージシャンだが、なぜかTwitterの面白さでも定評があり、”ユザーンの文体”としか言いようがない独特のテンポのツイートは、癖になる笑いを誘う。


こんな調子なので、ユザーンの本が面白くないわけなく、この『ムンバイなう』も、インドでしか絶対に体験できない珍事件、いやインドでは事件とも言えないくらいの珍日常が写真と数行の文章でまとめられていて、ユザーンの体験するインドは数倍面白いな〜と思わざるを得ないのだった。

面白い人の元には、面白いことが集まるよね。



よし、私ももっと突き抜けた人間になろう!


2018年9月17日月曜日

ムンバイとアール・デコ建築

ムンバイってこんなかわいらしい街だったのか!

写真家Kuber氏のムンバイの写真は発明に近いと思います。


ムンバイには今も多くのアール・デコ建築が残っており
Kuber氏はそんなムンバイに残るアール・デコやシネマチックな建物の写真をInstagramに掲載するコンテント・クリエーターとして活動中。


Kuber氏のInstagramアカウントhttps://www.instagram.com/thekuber/

アール・デコは、1920〜1930年のヨーロッパで流行した幾何学模様と直線的で無駄のないシンプルな形が特徴の装飾デザイン。

ムンバイ、とりわけサウスムンバイには、街のあらゆるところに突然19世紀イギリスのビクトリア様式建築が姿を見せ、"インド"らしい風景を期待していた観光客を驚かせるわけですが、このアール・デコ建築も、その一つです。

ムンバイのビクトリア様式の建物。ここだけ切り取ると欧州の風景



これはアール・デコ様式。
サウスムンバイの海岸沿いのどこかかと。
キャプションにAccidentally Wes Andersonって書いてあって笑える。
確かにウェス・アンダーソンの映画に出てきそうな建物ですね。



東欧や西欧にもありそうな建物だけど、アール・デコ建築とヤシの木の組み合わせは
ムンバイしかありえないのでは。

また、Kuber氏は最近ベルリンの写真をアップし続けているので、ベルリンに移住してしまった可能性が浮上中。

ベルリンも、旧東ドイツ時代のレトロでアール・デコ調な建物やプロダクトがまだまだ健在なので、Kuber氏がベルリンで写真を撮るのは大いに納得。

ただ、こんなムンバイの写真ももっと見たい!


まさに楽園の様なムンバイ(コラバ)の写真です。こんなコラバを見たかった!

2018年9月16日日曜日

インドの治安問題をムンバイのほっこり風景とともに考える

とあるインドに支店を持つ日系企業の人から聞いた話。
そこの社員の多くは、東南アジアのどの支店に駐在してもいいが
インドだけは絶対に嫌だ、と訴えるらしい。

ムンバイの朝。遠くに見えるのは有名なRajabai Clock Tower (1869年)

まあ笑い話というか、駐在員あるあるですね。
日本人にインドの旅の話や、インドに住みたいといった話をすると、だいたい同じ拒絶反応が返ってくるので
全くその話を聞いても何も驚くことはないです。

人はそれぞれ自分の好きな場所、感覚のぴったりくる場所で暮らせばいいと思うので。

ムンバイの昼。海岸沿いの道は友人や恋人同士の憩いの場。

私も旅行でしか訪れたことがないので、本格的なインド生活の過酷さは知りませんが
でも、やっぱり日本人にとって、タイやインドネシアやベトナムなんかの東南アジアより
ただインドへ旅行するだけでもハードルが圧倒的に高いのはなぜでしょうね。

特にフィリピンやインドネシアなど
インドと同じくらい多国籍で、ギャングやテロ、誘拐のニュースもよく耳に入ってくるのに、インドほどイメージは悪くない。

フィリピンのセブ島やジャカルタ、バリなどは昔から日本人の人気の旅行先ですし。



外務省が出している海外安全情報によると
インドも他の多くの東南アジア諸国と変わらず危険度はレベル1。

インドの内陸部でレベル2の色になっている箇所がありますが
ここら辺りに日本人が訪れるようなインドの観光地や都市はないです。

なぜこの辺だけレベル2なのか確実な情報を見つけられてないですが、ちょうど4つの州の境に沿ってオレンジ色がかかっているので、隣州同士の争いが続いているんじゃないかという推測。ちゃんと現地の人に聞いてみたい。

ということで、治安だけ見ると
注意レベルは、インドも東南アジアも同じくらいですと。

でも、比較すると圧倒的にインドの渡航イメージが悪すぎる。


加工してないのになぜかビンテージ調に写るムンバイの埃っぽさ

で辿りついた結論。

インドのイメージが悪いのは、インド渡航者が、帰国後インドの旅の過酷さをエンターテイメント化しすぎたのではないかと。

いい意味でも悪い意味でも衝撃的に大きいインドの魅力にやられすぎて。

70年代や80年代のインド旅行記には
今のインドよりおそらく数倍は過酷で原始的なインド風景が容赦ないリアリズムで描かれていて、その当時はバックパッカーたちのドラッグ体験記もお決まりで、刺激に飢えた読者がそこに日常にないパラダイスを感じて憧れたのも間違いなかった。

元祖バックパッカー旅行記。これに影響受けてインド渡航に至った人の多さたるや。


横尾さんのインドはまだ芸術的的視点があるからやさしいものだけど...

ねこぢるのインドはマジで容赦ない。閲覧注意。


実際、現在のインドよりよっぽど汚く牛やら死体やらで混沌としてたというのは正しいと思う。

加工なしでもビンテージ調に写ってしまう埃っぽいインド
インスタ映えの宝庫?

ただ、私が言いたいのは、2018年に女性一人でインドを訪れるのは、そんなに恐れおののくことではないということ。

私はニューヨークに約2年住んでいましたが、引っ越した当時は、マンハッタンの道端でブロックごとに出くわすホームレスの人々にかなりのストレスと恐怖心を持っていました。

実際にムンバイやデリーの道端で私に物乞いしてきた人の数でいうと
ニューヨークで毎日出くわすその数の方が余裕で倍はあります。

絶望的に道端で座り込んだり寝たりしているニューヨークのホームレスは、本当にそこで死にたえてしまうじゃないかと思うほど悲しく救いのない雰囲気を醸し出しているのですが、ムンバイの極端に貧しい人々は、スラム街の中のコミュニティで鼻歌歌いながら意外と普通に暮らしていたりします。

とはいえ、無責任にインド旅行は安全と言いたいわけではなく。

ただ言えるのはアジアだから貧しくて危険、アメリカやヨーロッパは安全できれいというイメージは今やもう崩れている、いや逆転しているところも多いので、正確な情報を一個一個見て判断していくしかないとうこと。

なんとなくイメージで怖がっていたら、もったいないですよということ。

夕陽が沈むアラビア海@ムンバイ。物売りもぽつぽついるが、私はここで30分くらいぼーっとしてても、なぜか一度も営業されなかった。お金がなさそうに見えたのか。

ムンバイのホテルから見た向かいのアパート

インド旅行のイメージがそろそろ過酷・自分探し系から脱出して、別のステージに移行する時期なんじゃないかな、と思う今日この頃。


2018年9月14日金曜日

愛しのムンバイ - Why I Hate Bombay

幼少時にインド南部の田舎からムンバイへ家族で移住したインド人男性による
 ショートムービー ”Why I Hate Bombay  (僕がボンベイを嫌いな理由)"

Why I Hate Bombay

カリフォルニアでも東南アジアのリゾートでもないけど
アジアと中東の中継地点ムンバイのビーチには、独特のリラックスムードが漂う。

金融・貿易都市として古くから栄えたメトロポリス・ムンバイは、人に例えるなら
人懐っこくて小賢しいけどチャーミング。

インド南部から移り住んだ制作者はこの映像を通して、"よそ者のインド人' が見た
ムンバイのありのままを表現しています。

 ムンバイっていいとこだよ。

2018年9月13日木曜日

狂わしのボンベイ - Maximum City Bombay

インドの中で、ボンベイは私にとって特別な都市です。


高級ブランド店が並ぶ南ムンバイの観光エリア、フォート

高層階のビル群とスラム街。
人とITと金融と乗り物と動物が入り乱れる圧巻の大都市風景。

Netflixシリーズ”Sacred Games" の世界観のまんま。

貧しくてお金持ちで猥雑で、やけに色っぽいのです。

そんなわけで
大昔から芸術家がキューバやモロッコ等のエキゾティックで猥雑な都市に恋してきたように、ボンベイの魅力に魅せられた人々というのも一定数おり、"Maximum City Bombay"
の著者SUKETU MEHTAもその一人。





著者は、ボンベイ生まれで幼少時にニューヨークに家族とともに移住したインド人男性。

祖国インドを離れ20年以上経ったあと、再びボンベイに足を踏み入れ
その滞在中に綿密な取材と膨大な情報量を元に書ききったノンフィクションです。

ヒンドゥとムスリムのコミュニティ間の闘争やギャングの生き様、

スラム街の貧困と暴力、政治など、血なまぐさいテーマが多いですが
ムンバイの市井に生きる人々の生活や様子を知るには、最良の一冊です。

読んでるそばからパトスが飛び散る...

ムンバイに息づく生命力に影響されて、こっちも気持ちと体がギラついてくるんですよね。

ピュリッツァー賞の最終候補にもノミネートされた一冊ということです。


都市の物語やSacred Gamesが好きな人は、絶対に外せない一冊ですね。




ムンバイ郊外