2024年6月2日日曜日

インドのおすすめヘアケア製品 ーアーユルヴェーダ処方のブランドー

私がインドに渡航するのは、ヘアケア製品を買い漁るためと言っても過言ではない。

インドは、ベジタリアンが非常に多いお国柄もあってか、動物由来の成分を使わない、オーガニックのスキンケアやヘアケア製品が充実しており、人工的な香りのケア製品より、植物系のオーガニックな香りを好む私としては、お買い物天国なのである。

また、私のような天然パーマで細く乾燥しやすい、日本人として少数派の髪質を持つ人間にとって、多くの日本人の直毛で硬い髪質にあった日本のヘアケア製品より、インド人の多種多様な髪質を基に作られたインドのヘアケア製品の方がフィットするに違いないという謎の思い込みもあり、ヘア製品はインド物に限るというマインドが出来上がった。

デパコス並みの高級価格帯のブランドから、町の薬局やスーパーで買えるお手軽なものまで様々だが、どれも香りがとってもいいのが共通している。

そんな数多なインドのケア製品の中から、私のおすすめ商品を紹介する。


1. BIOTIQUE(バイオティーク)



2023年12月にジャイプールの空港で買った、BIOTIQUE(バイオティーク)の抜け毛防止用のヘアオイル。
アーユルヴェーダ由来のレシピ100%のさらっとしたオイルで、やわらかいカモミールっぽい香り。
タカサブロウやリコリス、ハナモツヤクノキ、ウシやヤギのミルクなどが主な成分。
なかなか聞きなれない成分かつ、実際の効果は不明だが、ありそうでなかった、これまで嗅いだことのない植物系の香りに完全に虜...。
公式サイトでは現在$6.99だが、ジャイプールの空港の薬局で買った時はもう少し安かった気がする。

日本ではなかなか手に入らないため、日本に輸入してほしいブランドの一つである。
ヴェレダやアヴェダなど欧州系のオーガニックブランドよりよっぽど買いやすい価格帯でかつ、インドのお家芸、アーユルヴェーダを利用した植物由来のヘアケア製品は、日本で一番求められているものなのではないだろうか。

BIOTIQUE公式サイト
https://global.biotique.com/


2.  Himalaya (ヒマラヤ)

フケ対策用のヘアオイル

フェイスクリーム


Himalaya(ヒマラヤ)は、1930年創業、アーユルヴェーダ使用したインドの老舗ブランド。 

インド旅行に行った日本人の中にも少なからずファンがいる定番商品。

スキンケア製品だけでなく、サプリメントや薬、ペット用の製品なども展開しており、インドの小さな個人経営商店から大型スーパーまで必ずといっていいほどあるブランドなので、お土産としても買いやすく、値段も非常に手頃。


Himalayaの特徴は、少しきつめのハーバル系の香り。
こちらも日本の製品ではなかなか体験したことのない植物系の香りなのだが、一度体験すると癖になること必至だ。
フェイスクリームは、さらっとした質感で朝晩で使いやすい。
100mlで150インドルピー、日本円でおよそ283円(2024年6月時点、1ルピー=1.89円)なので、近年の円安でもまとめがい必須の値段だ。

ちなみに、私はもともと紫外線に弱くソバカスのできやすい、敏感肌を持つ人間だが、2018年と2023年のインド旅行両方でこのフェイスクリームを購入し、特にトラブルなく使ってこれている。もちろん個人差はあると思うのでそこは個人の判断で使用いただきたい。

Himalaya 公式サイト Nourishing Skin Cream
https://himalayawellness.in/collections/face-care/products/nourishing-skin-cream?variant=30301069738083


3.  Forest Essentials (フォレストエッセンシャルズ)

インドの高級・高品質なアーユルヴェーダのコスメブランドのForest Essentials。
今回私がジャイプール空港で目にして、とんでもなく可愛いパッケージと、高級感ある香りに魅せられ、何分も迷った挙句、購入を断念したブランド。

香りもとっても素晴らしいのだが、値段はそれなりにお高く、ディオールやサンローランなど、欧州系のコスメブランドを買うのとそう変わらない。

例えば、日中使えるSPF 35のデイクリームが、なんと6495ルピー(日本円で12,261円)。
と聞くと、インドでも庶民には手が出せない品物だが、こういうのを値段を見ずにぽんぽん買えるお金持ちがたくさん存在するのもインドという国なのだ。

私はコスメにはさほどお金を使わないため、購入はしなかったのが、日本できっと手に入らないのでやっぱり買っておけばよかった...。

主要な都市の空港や、デパート、高級店が立ち並ぶエリアでは路面店もあるので、ぜひ一度手にとってもらいたい。

Forest Essentials 公式サイト
https://www.forestessentialsindia.com/



2024年3月24日日曜日

インド旅行記 4日目ジャイプール

 ジャイプール、ハワー・マハルへ



時差ボケもあってか、朝は7時頃に目覚めた。
日本はインドより3.5時間進んでいるので、実質体内時計は朝の10:30。日本からインドに行くと、日本の体内時計を引きずって自然と早寝早起きになるので、健康で良いかもしれない。

宿の朝食は8:30からなので、朝食の時間まで宿周辺の旧市街を散歩することにした。


牛も朝食タイム。牛なのか私なのかを、2階から見守る老婦人の目が優しい。


登校前のキッズたち。父親の姿がいないのは、近場の公衆トイレ(囲いなし、外から丸見えのまさにオープントイレ)で用を足しているせい。



ジャイプールには、色とりどりのパステルカラーと蓄積されたくすみのミックスが非常にいい味を出している壁や扉があちこちにある。

バザールがまだ開店していない時間帯なので、店に集う人や観光客がいない静けさはあるものの、仕事に向かう人や朝の一服をする人たちで賑わっていた。
朝の風景を堪能したあと、宿に戻る。



この日の朝食。シンプルだが美味い。朝はチャイで始めるのが習慣になった。


やっとハワー・マハルの入り口へ


お腹も満たしたところで、「ジャイプールといえばまずここ」な一大観光地、ハワー・マハルへと出発。

宿からは徒歩10分もかからない距離だが、さすが観光地ジャイプールの朝10時台。
道という道、道路という道路が人、車、バイク、オートリキシャー、自転車、露店などあらゆる物で縦横無尽に埋め尽くされ、交通ルールなど存在しないかというくらい、混み合っている。

人を押し除け、店先の客寄せを振り切り振り切り、信号など存在しない車道をタイミングを見計らって渡りきり、やっとのことでハワー・マハルに着いた頃には、心も体も疲れ切っていた。

入り口でチケットを買う。外国人は一人500ルピーで、インド人は20ルピーとのこと。(2023年12月時点)

門をひとたびくぐると、外の喧騒とは正反対の、パステルカラーのウェス・アンダーソン調のマジカル世界が現れた。

ハワー・マハルの入り口付近。




柔らかいイエローとブルー、ピンクの組み合わせがとにかくかわいい。


宮殿の塔の中にはステンドガラスも。ヨーロッパとイスラム文化が交差するような不思議な世界観。


おしゃれなインド人の男の子。




12月の青い空にピンクの城壁が映える。


このインド旅行のために新調したミラーレス一眼で、写真を撮る手が止まらなかった。


猿はジャイプールの至るところに現れる。



インドで注目を浴びる日本人


もちろんハワー・マハルはインド国内でも指折りの観光地で、外国人観光客に加え、インド人観光客もたくさん来ているようだった。

インドの観光地にいるインド人は、大きく二つに分かれると思っている。
地方から来たインド人と、都会から来たインド人だ。

私はヒンディー語もインドのどこの言語も話せないので自分の勝手な勘でしかないが、両者ははっきりと異なる特徴があり、それは服装が異なるということだ。

地方から来たインド人は、カップルや家族であればほとんどの女性が伝統的な衣装、サリーを着ている。反対に、ジーンズにTシャツなど欧米人とほとんど変わらないラフな服装をしているのは都会のインド人だ。

都会のインド人は、私のような外国人を見てもほとんど一瞥もくれないし、注目もしない。
反対に地方のインド人は、大変な興味を示す。

これは、色々なブログ記事を参照するに、日本人やインド人とは外見の異なる外国人(白人など)にはあるあるらしい。

いわゆる、外国人はインド人から写真を一緒に撮ろうというお誘いを受けまくる。

私はインド旅行は2回目だが、ジャイプールやこういった「観光スポット」に来るのが初めてだったため、この写真のお誘いに最初は疑いしか持たなかった。

1組目はインド人男女のカップルで、女性はサリーを着て目には青いカラーコンタクトを入れていた。
Can you take a picture with us? と丁寧な口調で聞かれた時、てっきり二人の写真を撮ってくれと頼まれたと思い、かつスリにも咄嗟に対応できるよう身構えた自分がいた。

だが、私と一緒に撮りたいということがわかり、握手を求められ、最後にどこから来たのかまで聞かれた頃には、ようやく状況が掴めるようになった。

そんなこんなで訳もわからず、宮殿を探検しているうちに、さらにもう1組、もう1組と写真を求められ、ちょっとしたミッキー状態になってしまった。

このミッキー状態を招いたのは、私がインドで注目に値するアジアンビューティーだったなんてことでは決してなく(そう信じたかったが)、午前中のハワー・マハルには、地方から来たアジア人を見たことがほとんどないインド人が集っていたから、というのが正解だろう。

結局男女カップルや若者グループなど、全部で10組以上と写真を撮ったあたりで、私はもはや撮影にも慣れてしまい、話しかけてくる人には「はいはい、写真ね。OKOK」と二つ返事で返すようなイケすかないエセインフルエンサー風味を帯びるようになっていた。

ただ、日本ではこんな経験はしたことがないので、ちょっと自意識過剰だが、誇らしい気分になっていたのは否定できない。

Tattoo Cafe & Lounge で思い出に残る写真を


だいぶ歩き回ったので、午後の強い日差しを避けるために、ハワー・マハルの目の前にある有名なカフェ、Tattoo Cafe& Loungeへ。

ここでは、屋上にあるテラス席から、Instagramで一度は目にしたことがあるだろうハワー・マハルの正面からの写真が撮れることで有名だ。


カフェでは、サンドイッチやピザ、飲み物がオーダーでき、どれも日本のカフェで頼むのと同じくらいの価格帯。
だけども、この景色を思い出に残すためには、訪れる価値ありの場所である。

次の日は、少し旧市街から足を伸ばしてAmber Fort(アンベール城)に向かうことにする。

2024年1月3日水曜日

インド旅行記 3日目ジャイプール

 ムンバイから約2時間。午後5時頃にジャイプールに到着。

またもや今夜の宿まで空港の配車サービスを使う。

約1時間程の距離で600ルピーだったので、当たり前だが40分の距離で1200ルピーと言われたムンバイよりはかなり物価が安いことがわかる。

とはいえ、600ルピーもかなりふっかけられた値段には違いない。

人懐こく商魂たくましいが、都会らしいドライさもあるムンバイの空港スタッフよりは、やや実直そうなスタッフの言い値を信じ、車に乗り込む。

車はすぐ用意されていたので、ホッとした。

ドライバーは無口だがしっかりと仕事はこなしそうな、綺麗な身なりの50代くらいのインド人だった。

ちょうど陽が沈む時間帯で、濃いオレンジ色に照らされたジャイプール空港が美しかった。


ジャイプール空港から市の中心部へ


今夜の宿のある、観光スポットハワー・マハルに近い旧市街まで約1時間。

空港からまっすぐ伸びた道路を、中心地に向かって北へ直走る。

道すがら、ライトアップされた歴史ある門や博物館などの観光スポットに差し掛かり、とても綺麗で「ジャイプールに来たなあ」と興奮した。




宿に近い、Bapu Bazaar(バプ・バザール)に差し掛かると、かの有名なピンク色の門と壁が見えた。



「これぞ、ジャイプール」な建物にテンションが最高潮となる。

この門は、衣類、ジュエリーなど多種多様な店が外周に連なるバザールの入り口で、日本から来た私にとっては、異国への入り口。まるでアラビア世界に飛び込んだようだった。

宿はバザールの内側にあり、入り口を見失わないように、宿のスタッフからはバザールの入り口の番号が告げられていた。入り口で宿のスタッフと集合し、宿に連れて行ってもらう手筈だ。

ドライバーには空港を出発する前に宿に電話をかけてもらってはいたが、着いた先に迎えらしき人は見当たらない。

外は暗いし、人はたくさんいるものの、お世辞にも安全そうな雰囲気は感じなかったため、スーツケースを持って立って待つことに不安を感じ、自力で宿まで行くことにした。


バザールのダンジョンで牛と猿に遭遇


バザールの中は、ほぼ十字路とその内側にさらに入り組んだ小道のような構造なので、事前に写真に保存しておいた地図で到着はできる算段だった。

だが、案の定迷う。

そしてバザールの内部は外周と違って、煌々と照らされた店などはなく、薄暗い民家が密集する。

人は多少通るが、かなり不気味だ。ゴミも大量に落ちている。

そして、至るところに牛がいる。

RPGのダンジョンのように、右へ左へ。角を曲がると牛に遭遇。

外見だけでなく完全に旅行者とわかるスーツケースを引きづりながら、無事に辿り着けるか不安が増してくる。

あまりに不安になったため、人に道を聞こうと、たまたま開いていた仕立て屋さんにいた優しそうな中年女性に声をかける。

私があまりに切羽詰まった表情をしていたのを察してか、親切に道を教えてくれただけでなく、言われた通りの道を歩いていると、急に猿の群れと牛に出くわし、完全にビビって引き返そうとしたところを "No problem, no problem(大丈夫、行きなさい)"と、私の後ろをついてきてくれた。

最初に目が合った一目で優しい人だとは思ったが、異国の、薄暗い野生の動物に囲まれた道りで、オカンのような包み込むような温かさに出会うと、泣きそうになってくる。

インドのオカンが私を送っていってくれた先には、木の長い棒を持って野生の猿を追い払う謎の老人がおり、「こっちじゃ(意訳)」と言うかのように、宿の入り口まで連れて行ってくれた。

絶対に宿に雇われている風ではなく、ストリートに住まう系の老人だったあの人は、宿のスタッフが私を出迎えた後はさっとどこかに消えて行ったのだが、あれはジャイプールの妖精だったのだろうか...。


宿に到着

私が2泊した、中心部にあるJaipur Haveliは、宿のオーナー家族が何代にも渡って住んでいる家を宿にした場所。

とにかく、宿の中のすべてが可愛く、着いたそばから写真を撮りたい欲が止まらない。

宿の一階
宿の一階

宿のエントランス

2階の吹き抜け部分。この上にも2-3階ある。

部屋の中。柄物が可愛い。

シャワールーム


とにかくどこを見ても大好きなものだらけで、夢心地な気分であった。

とはいえ、かなり疲れてもいたので、なぜか勝手に用意された夕食(しかも有料。あまり食欲はなかったが)をかっこんだ後は、早めに就寝した。

明日は早起きをして遂に大本丸の観光スポット、ハワー・マハルに向かう。

インド旅行記 2日目ムンバイ

 充電器を探す


インド2日目。
ホテルのテラスで朝食とマサラティー。初めて食べるものばかりだったが、意外とおいしく、今後ハマりそうな予感。

野菜や豆でできていると見られる朝食


朝食後は、iPhone充電器とSIMカードを探しに街へ。
あまりに遠くに行き過ぎると、帰り渋滞にはまって飛行機に遅れそうなので、近場のBandra WestかVile Parle周辺のショッピングモールを目指す。

オートリキシャーを拾ってBandraのショッピングセンターを目指すも、それらしきものが見当たらず。午前10時台だったからか店はほとんど空いていない。
ネット接続できないので、道行く若者にWifiを借り、現在地を特定してもらう。
Brandra Westは、ムンバイの高級住宅地かつ流行発信地のため、アッパーミドルクラス以上の住民が多く、英語を話せる人(服装や雰囲気を見るとまあまあ特定できる)に遭遇する率が高い。

ちなみに脱線するが、個人的な感想で言うと、Bandra Westは高級住宅地と言っても、日本でいうところの「高級」のイメージとは少しずれる。
ヨーロッパの街角かと見間違うかのようなお洒落なマンションやカフェ、レストラン、ブティックは点在するが、少し歩けば、果物や野菜を売る露天商や、貧しい人たちのバラックの家、のっそりと道に居座る牛、などに出くわす。ラグジュアリーと貧困が隣り合わせになっており、さらにお互いが干渉もせず、興味も持たず、それぞれがただ存在している、という感じに近い。

そして歩道には犬(と思いたい)の落とし物が無数にあるので、下を向いて歩くのが癖になってくる。
もちろん、ムンバイの他のエリアに比べると、気持ち的に街歩きは格段にしやすい場所だが、日本や欧米の「高級」さをイメージして降り立つとかなり面食らうと覚えていた方がいい。

とまあ、そんな場所なので元々そこまで期待はしていなかったが、ショッピングセンターは見つからなかった。


そんなわけで、とりあえず周辺を歩いているとようやく、合法か非合法なのかよくわからないグレーゾーンな露店の携帯ショップ(こういうのはインドに無数にある)を見つけた。
USBケーブルは持っていたので、プラグ部分だけをくれ、と頼んでそれでもだいぶ、現地基準でいうと増し増しな金額で購入。

ムンバイに来ると、移動やら買い物やら、大体切羽詰まっていて、お金で不安をすぐ解決しようとしてしまう悪い癖が出る。
ただ、充電器があるという安心感はものすごい。あと9日間をモバイルバッテリーとホテルのWifiのみで過ごすのは心持たないから。


Vodafoneショップで粘る


次はSIMカードだ。
Airtelはインドの大手キャリアというのもあり、なかなかルールが厳しそうだったため、別のキャリでの購入に狙いをつける。
 Vodafoneで売ってもらえた、というブログ記事を昨晩目にしたため、Vile ParleのVodafoneショップを目指す。

Vila Parleは、空港の西側に面したエリアで、中間層の住む郊外の住宅地というイメージ。小さな店が多い。
Prime Mallという、ショッピングモールらしき場所にあるVodafoneショップへオートリキシャーで向かう。
Bandra Westでオートリキシャーを捕まえる際、ドライバーにPrime Mallという目的地の場所がなかなか通じず困っていたら、英語を話す住民らしき人が2−3人集まってきて、ヒンディー語でドライバーに行き先と道を伝えてくれた。

今回の旅で気づいたのだが、オートリキシャーのドライバーは、英語のみならずヒンディー語の読み書きができない人も多いようだ。
口頭での巧みやコミュニケーションがいかに大事かを思い知らされた。

現地のナイスな人たちにオートリキシャーのメーターの仕組みも教えてもらい、ちょっと安心してPrime Mallへ到着。

こちらもまた「ショッピングモール」のイメージからは若干遠いが、電化製品や中古携帯ショップが密集した、田舎の小さいドンキホーテのようなモールであった。

やっと辿り着いたVodafoneは、閉まっていた。

それどころか隣の店、美容院や占いやらも軒並み閉まっていた。
やはり日曜というのが関係しているのだろう。

一軒空いていた店の親父さんに、Vodafoneはいつ開くのかと聞くと、「大体11時前には開くと思う」の返事だった。
ということは多分開くとしても12時だろう、と思ったが、とりあえず30分は待ってみようと周辺を彷徨くことにした。

こんなドンキホーテのようなモールであっても、出入り時にはセキュリティがおり荷物検査があるので、一旦出るともう一度入るのがちょっと面倒くさい。

外に一歩出ると、服屋やレストランが並ぶ賑やかなIrla Vila Parle Roadに出る。
ここでも外に立っている若者に、SIMカードはどこで手に入るか質問するなど、頭の中はSIMカードでいっぱいであった。

30分以上は待ってみたが、Vodafoneは開かなかった。
諦めてホテルに戻り、空港へ向かう支度をする。

午後3時の便で、ムンバイから北へ約2時間離れた、ラジャスターン州のジャイプールへ向かった。




インド旅行記 1日目ムンバイ

インド一人旅再び 


人生二度目となるインド一人旅は、再びムンバイから始まった。

インド最大の商業都市であり、金融と映画産業の中心地でもある。

映画『スラムドッグ・ミリオネア』で舞台となったこの大都市は、富と貧困、新と旧、西洋と伝統、あらゆる多様性が共存するカオスな都会で、インド好きの私にとっても個人的に思い入れの強い場所である。


ムンバイのチャトラパティ・シヴァージー国際空港


5年半ぶりとなるインド旅の主な目的は、北西インドのラジャスターン州の古都、ジャイプールを訪れることだった。

ウェス・アンダーソン監督のインド舞台の映画『ダージリン急行』でも注目を浴びたジャイプールは、ピンク色やパステルカラーのフォトジェニックな城壁や家々が立ち並び、「ピンクシティ」とも呼ばれる。そこにどうしても行きたくてたまらなくなったのが2023年の4月。

北インドのラジャスターン州は、3〜5月の気温は40度超すのが日常なため、街歩きが困難な暑すぎるこの時期を避け、気温が10〜20度の過ごしやすい11〜12月の乾季になるのを待ち侘びていた。

そして、12月中旬。成田空港からムンバイへと旅立った。

ANAでムンバイへ


航空券はマイルで購入し、ANAを利用。

行きの乗客は、ほとんどがインド人。

インド人はベジタリアンが多いため、CAがベジタリアン用の機内食をオーダーした人に対して、一人ひとりに口頭でチェックした上で、配布が始まる。

順番が決まっているのかどうか不明だが、私が食べるようなノンベジタリアン用を全て配布した上で、ベジタリアン用が配布されたため、非常に時間がかかっていた。

ベジタリアン食が配布される頃には、ノンベジの人はほぼ食べ終わっているような時間帯で、ベジタリアンの人に少し気の毒に感じた。

そんなこんな言いながら、約11時間でムンバイに到着。


どこらかしこにもいるインド土着の犬たちがお出迎え。


SIMカードが買えない


私は海外旅行では、基本的に事前にSIMカードを買っておく派なのだが、今回は、私のインドでの滞在期間と欲しいデータ容量に合うSIMカードが見つからなかったため、現地空港で買うことにしていた。

事前に入念にネットやRedditの情報で、ムンバイの空港にSIMを売るAirtel(インドの大手携帯キャリア)があることは確かめていたのと、前回のインド旅行でも空港でSIMを購入したため、今回も自信満々で夕方空港に到着。

入国審査を経て、出口を出てまっすぐ行った際にAirtel発見。

手書きの貼り紙に、"Indian nationals only" (インド人専用)とあったので「まさか」と思ったが、一応店員に尋ねてみる。

するとやはり、SIM購入にはインドの電話番号が必要、とのこと。

"City, city!"(街で買って!)

と追い払われた。

(いやいや、国際空港でSIMカードを必要とする人間は基本的に外国人だろうよ...)と心の中で悪態をついたが、気を取り直して、とりあえずホテルまで行くことにする。


高いタクシー代


前回のインド旅では主にUberかOla(インドの配車サービス)を使って移動していたため、今回もそれに頼るつもりでいた。
ただ、今回SIMがなくインターネットに全く繋がらなかったため断念し、空港にあるタクシーの配車サービスを使うことに。

空港で依頼するタクシーが、流しのタクシーよりさらに高いのは予想していたが、値段を尋ねるとなんと40分の距離で1,200ルピー(約2,043円。2024年1月現在)。

Uberだと、高くても200-300ルピーの相場のため、通常料金より相当ふっかけられているのがわかった。
ちょっと安くならないかと言ってみたが「混んでいる時間帯だから」と言い切る。
とりあえずSIMがない不安と一刻も早くホテルに着きたい欲で、タクシーを呼んでもらうことに。

金額と行き先が書かれたピンク色の紙を持って、地下のタクシーエリアへ。
インドでは、タクシーやオートリキシャーの運転手は英語を話さない人が多いため、英語の話せる受付係の人に、こうやって行き先などを、手書きや現地の言葉で事前に伝えてもらえるととても助かる。

冷房の効いた空港内から外のタクシーエリアに出ると、むっとした湿度と気温が押し寄せてきた。
ああ、インドに来たなあという感じ。

「ここで待て」という場所で待つこと30分。タクシーが来ない。

タクシー運転手らしき男たちはわらわらとそこら辺で雑談しているが、私用の車を出してくれる気配はない。
声をかけてみるが ”10 minutes”(あと10分)と言われるだけ。

しまいには、私より後に来たように見える白人の中年男性を、先に車に乗せ出した。
そこで、堪忍袋の尾が切れた私は、運転手らしき男たちにずんずん向かって、文句を言う。

彼らは英語をそこまで話さないので、何か彼らの言葉で反論してくるのはわかるが内容が理解できない。

あまりに私が不服そうな態度を出していたのを察してか、一人が椅子を持ってきて、ここに座って待てと合図した。

そうしてしばらくすると、やっと私のタクシーが来た。

冷静になって考えみると、私にあてがわれた車は事前に決まっていて、その車が空港への道の渋滞にはまって到着が遅れたのだろうと思った。

夜のチャトラパティ・シヴァージー国際空港

ムンバイの陽気なドライバー

乗った車のドライバーは、英語を話すフレンドリーな中年男性だった。
「日本はテクノロジーが発達した国だ」と、自分の車がSUZUKIであることを私に知らせてくれた。
私はタクシードライバーと雑談をするのが好きな方で、今回のドライバーのように、人と話すのが好きで、さらに他国の文化にも興味を持っている人に当たると嬉しい。

ムンバイはいつ何時でも渋滞している


大学出の知識階級ではなく、その道何十年のドライバーから聞く話はリアリティに溢れ、本音以外の恐らくだいぶ盛った話も混在しているだろうが、井戸端会議を耳にしている気分になる。

ドライバーは「日本は良い国だ。インドはダメだ」と笑いながら話した。
私が、「ムンバイにももうすぐ新幹線が通りますね」と言うと、嬉しそうに建設の進捗について語ってくれた。

私がSIMカードを買えなかった話をすると、空港周辺のマーケット(露店)を指差しながら「こういうところなら電場番号なしでも買えるよ。買ってこようか?」と提案してくれた。
ただ、初日からややこしい交渉ごとに巻き込まれるのも厄介だったので、やんわりと断り、そんなこんなでホテルに到着した。

充電器がない


ホテルはアラビア海に面したムンバイの高級住宅地の一つであるJuhu(ジュフ)にした。
次の日の午後には、また空港に戻ってジャイプールに移動するため、空港に近いところが便利だと思ったからだ。

そこで、iPhoneの充電器を自宅に置いてきたことに気づく。

日本からインドのプラグの変圧器兼アダプターはしっかりと持参してきたのに、充電器を忘れるとはあまりにもうっかりしていた。

ホテルの受付でもiPhone充電器は貸し出していないと言われたので、アメリカにいるインド人の友達に相談し、マーケットいわゆる露店で入手することに。
次の日は日曜のため店が空いていない可能性もあると心配されたが、なんとか充電器とあわよくばSIMカードが手に入ることを祈りながら就寝。

2日間は、ムンバイからジャイプールへ移動する。


Juhuのホテルから見たビーチ

2021年8月9日月曜日

この世は金と数学。映画『マージン・コール』と投資銀行の男の話

とある時期に、投資銀行勤務の男にハマっていた。

投資銀行勤務といっても、タワマンの上層階に住んで女を取っ替え引っ替え、という世間のよくあるイメージとは少し違って、ただたまたま数学が得意でお金も稼げるからその世界に入った、というインド出身の大学院上がりの若者だった。

その若者とはニューヨークで出会った。

友人には、「投資銀行の男なんて結局モデルとフッカーを取っ替え引っ替えの最低野郎になるだけだ」と忠告を受け、

そんな予言も的中し、その付き合いも数ヶ月で終わり、疎遠になった。


5年後、数年ぶりに連絡が入り、聞くと、アメリカの永住権を取得し、職場徒歩圏内のマンハッタンのとあるジム付きマンションで一人暮らしを始めた、ということだった。


5年前は、同郷の友人たちと、ブルックリンの2ベッドルームの部屋に3人で工夫して住み、冬でもビーサン、部屋には謎の数式が書かれた紙が散乱していた、あの男がだ。

初めて会った時、ニューヨーク大学の学生証を少し自慢げに見せていたあの若者が。


色々思うところがあったが、素直に「すごいな」と思った。あのニューヨークの生き馬の目を抜くような環境で、外国人が6年以上生き残っていること。

そして、ジム付きマンション暮らしといっても、きっと服にも家具にも興味がないあの男は、今でもDellのくそ重いラップトップとモニター、職場でもらったタンブラーくらいしか部屋にないだろうと想像もついた。

ドラマ『 Sex and the City』や『Friends』に出てくるようなNYのアパートメント、あるいはマンハッタンの夜景を望めるガラス張りのコンドミニアムの住民は、実際は、数字の強さとタフさを武器に金を稼ぐ、若きウォール・ストリートの金融関係者だったりする。


投資銀行勤務で得られる破格な給料と華やかな生活を羨ましく思うのは簡単だが、その裏で金を生み出す薄暗いマネーゲームは、この映画『マージン・コール』に全て描かれている。



『Margin Call (マージン・コール)』2011


2008年のニューヨークのとある投資銀行で起きたレイオフ(大量解雇)の場面から始まるこの映画は、上級幹部役にケビン・スペイシー、デミ・ムーア、『メンタリスト』のサイモン・ベイカーといった名俳優を揃え、入社1-2年目の若手アナリスト役にザッカリー・クインと、『Gossip Girl』のペン・バッジリーと、しっかりと味のある役者で脇を固め、同じ金融危機を描いた『Big Short (マネー・ショート)』と比べると派手さはないながらも、この時代の金融危機を描いた名作だと個人的に思う。






色んな名シーンがあり書ききれないほどだが、特にケビン・スペイシー演じる部署のトップ、サムが、フロアの8割の人員を大量解雇した直後、残った社員を集めて「This is your opportunity」と鼓舞するシーンは、幹部としての圧倒的な貫禄を見せつけながらも、「このハードな環境で34年間勤めてるあんたこれまでどんな汚いことをして生き残ってきたんや...」という残った若手社員たちの心の声が聞こえるようで、静かなプレッシャーを感じるシーンでもある。

また、むちゃくちゃな戦略を押し付けようとする上司に「Fuck you」と言い放つサムは、頼れる上司としての気骨を持ち合わせているが、最終的にはやはりウォール・ストリートの人間だと思わされる人間性も匂わせ、やはりケビン・スペイシーは名俳優だと納得するしかない。(私生活であんなことがなければもっと今後も幅広くいい映画に出てほしかった...)


名俳優の味のある演技とは別に、個人的なお気に入りシーンは、若手アナリストのピーターとセスが、行方不明のエリックを探す名目でニューヨークのストリップバーで時間を持て余すシーン。




薄暗い店内に淡々と低音のダンスミュージックが流れ、ピーターとセスは、興奮するでもなくただただ無表情でストリッパーを眺めている。

そして、彼女たちの1日の報酬はいくらだろうと、どうでもいいような会話をして酒を飲み時間を潰しているのだが、よく見ると周囲の客も同じように、スーツを来た20代そこそこの男性客で、きっと彼らも金融関係に勤め、仕事で燃え尽きた後の長い夜をこうやって一人静かに欲を紛らわせながら過ごしているのだろうと容易に想像がつく。


この、20代の若者が本来なら興奮する対象である美しい女性たちにも見飽きたとばかりに無感動な表情で、唯一興奮を呼び起こせるのがお金の話、という状況が生々しい。

こういう雰囲気を醸し出すニューヨークのバーと客層が、「うわあ、どこかで見たことがある」と既視感を覚え、とてもリアリティがあった。

ちなみに、ペン・バッジリーは近頃本当にいい役者だと思う。この映画でも、他人がどれくらい稼いでいるかしか興味のない軽薄な若手社員を演じてハマり役だが、Netflixオリジナルの『You』でも文化系やさ男と思いきやとんでもないサイコパス野郎を完璧に演じていて最高だった。


この映画の最後では、生き残れた者と、生き残れなかった者がはっきり示される。

会社のため、保身のために他人を犠牲にした者も、さらに別の他人のための犠牲になり、会社を去る。

そして、2008年に起きた金融危機のその後、2021年までに投資銀行に起こった諸々の大損失事件を知っている私たちの目から見ると、ここで生き残れた者も、きっとその後去る運命になっていただろうことがわかる。


金融業界は厳しい。例え平均の4〜5倍以上の年収がもらえるとしても、絶対に入りたくない世界だし私なら息さえできず片手でひねり潰されると思う。

でも資本主義の本質がここにはあって、頭から否定するだけなら、じゃあ今のお前の生活はどうやってできてるん、ととばっちりを食らうだけだ。

従順に受け入れたくはないが、この金融や経済の仕組みを知らないで通り過ぎると今後の自分の生活も危ぶまれるという危機感を覚えたいい教訓になった映画。

そして、お金と数字にしか反応できなくなった男には、二度と引っかからないようにしようという一番大事な教訓がここにはあった。

2021年3月28日日曜日

Netflixインディアン・マッチメイキング(Indian Matchmaking) の感想

 最近は会う人会う人に『Netflixのインディアン・マッチメイキング観た?』と聞いているのだけど、誰からも『観たよ!』という返事をもらえず、悲しみに暮れ、ようやく重い腰をあげブログに思いをぶつけようと思った。





『インディアン・マッチメイキング(Indian Matchmaking) 』は、2020年のNetflixのオリジナルシリーズのリアリティショーで、邦題をググると『今ドキ! インド婚活事情』という、口にするのも憚られる恥ずかしいタイトルが出てくるので、この記事内では『インディアン・マッチメイキング』と呼ばせていただく。


この作品がNetflixにリリースされてまもなく私のNetflixのトップ画面に上がってきたので、皆にとって話題のシリーズだと思い込んでいたが、友人に言わせると、『アルゴリズムであんた好みの作品だから上位に表示されただけ。』と言うことで、日本でNetflixのトップ画面にこの作品が表示された人とぜひ友達になりたいと思っている。


話の内容は、タイトルからお察しの通り、インド人が主人公の恋愛リアリティー番組で、インドのお見合い結婚専門の斡旋業者、通称マッチメーカーを通して、インド人男女が人生のパートナーを見つけるリアリティーショーだ。


実際、1話目を見るまで、「インドの」恋愛リアリティショーだと完全に思い込んでいたが、実際は、登場人物のほとんどが「インド系アメリカ人」という、どちらかというとアメリカのリアリティーショーである。


1話ごとに、約3組の男女各々のストーリーと性格、相手探しの条件とバックグラウンドが語られ、『テラスハウス』のような登場人物全員が一気に参加する形ではなく、男女1組ずつ、別々のストーリーと場所(都市)でマッチメイキングが進んでいく。


皆が一応結婚を視野に入れた相手探しで、インド人の結婚事情上、相手に求める条件は恐ろしいほど、高い。


登場人物はインド系アメリカ人が多いとお伝えしたが、アメリカ生まれで性格的にも自分自身をアメリカ人として認識している彼らも、結婚といえば、「インド人、高学歴、職業も医者や弁護士など自身のキャリアと同等以上の人、もちろん同じ宗教」という、典型的なインド人の結婚の価値観が噴出する。


弁護士をしている34歳テキサス育ちのアパルナ。ニュージャージーでイベントプランナーをしている33歳のナディア。ムンバイでジュエリーデザイナーをしている30歳のプラージュマン。


インドにおけるインド人の初婚平均年齢は22.3歳(2018年のデータ)といわれる中、30代でインド人の結婚相手探しをするのは相当なハンデがある。

その上キャストたちは、インドではアッパーミドルクラス以上の比較的裕福な家庭の出身にあたるという背景もあり、かなり限られた母数の中から探さないといけなくなることはわかりきっているはずだが、彼らインディアン・マッチメイキングのキャストたちは、相手探しに一切の妥協がない。

むしろ、上に挙げた典型的な条件に加えて、性格においても、見た目においても自分の強い好みを突きつけてくる。


ちょっとは妥協しろよ!


そんな無理難題に挑むのは、ムンバイのベテランマッチメーカーをしているシーマ。このムンバイの頼れるおかっさん、百戦錬磨の結婚コンサルタントが、毎度頭を悩ませながら依頼人の好みに合う相手を何人か見つけ、提案する。それなのに、中には提案した全員とのデートすら断るキャストもいる。


ストーリーごとにシーマがカメラの前で「条件が厳しすぎる」、「彼女は妥協を覚えないといけない」と近所のおばちゃんが井戸端会議で喋ってるような愚痴を垂れるのもこの番組のお決まり行事になっている。


私は、基本リアリティショーはフィクションとして観るようにしており、大体いつも途中で筋書きが読めたり、過剰な演出が嘘くさく感じて見なくなることが多いのだが、『インディアン・マッチメイキング』は、インドという特異なカルチャーと今まだ残る伝統的なお見合い結婚文化がミックスされ、「次は何が一体出てくるんだ?」といい意味で期待を裏切られ、一気に最後まで観てしまった。


キャスト一人ひとりのストーリーとバックグラウンドに個性があり、自分が知らないアメリカにおけるインド人の恋愛事情を知ることもできたし、文化や国籍の違いを超えて、私と同じ30代の相手探しや人生の悩みにも共感を覚えた。

恋愛の悩みは、ほんと万国共通。


インド好きにはマストウォッチなリアリティーショー『インディアン・マッチメイキング』。まだシリーズ1のみの全8エピソードなので、今のうちに一気みしておくことをおすすめします。

2021年2月6日土曜日

ハレ・クリシュナ運動を広めたインド人のドキュメンタリー "Hare Krishna! The Mantra, The Movement And The Swami Who Started It All"





Hare Krishna! The Mantra, The Movement And The Swami Who Started It All (2017)

1960年代に、ハレ・クリシュナ運動をアメリカに広めた、インドのスワミ・cの生涯を振り返るドキュメンタリー映画。

ニューヨークのユニオンスクエア公園を一度は訪れたことのある人なら
このハレ・クリシュナがどんな集団かピンとくるはず。

ユニオンスクエアで、「ハレ〜クリシュナ〜 ハレ〜クリシュナ〜」というインドっぽい音楽とチャントの流れる方角に目をやると、オレンジ色のサリーに坊主頭で、踊るインド人....かと思いきや、主にヨーロッパ系白人集団がくるくると踊りまくっているという光景を目にすることができる。

私も、初めて見たときは衝撃を受けた。

なんだ、インド人じゃないんだ、と。

このドキュメンタリーは、まさにその疑問を解決してくれる良作で、スワミ・スリラプラブバーダがアメリカに渡った当時から、スピリチュアルな文化に精神的な安らぎを探し始めた当時の若者たちに影響を広げていく過程、ビートルズのジョージ・ハリソンとハレ・クリシュナの関わりまで、アメリカにはなかった新しい哲学がどのように受け入れられていったかが、当時若者だった信者たちのインタビューを交えて、臨場感たっぷりに語られる。

何より、インタビューに出ているすでに60代と思われる当時の信者たちが、何より幸せそうにスワミ・スリラプラブバーダのことを語るのが印象的だった。

そして、初老になった今でも40年前の、ハレ・クリシュナ信者の格好をしていたり(今も本格的な信者なのだろうが)、そうでない人も、首に巻いた革のネックレスだったりかすかにヒッピーの面影を残しているところが、いい。

人は好きなことを信じればいいし、何年経っても同じものを好きだっていい。

このドキュメンタリーに出てくる人たちは皆宗教的だが、スピリチュアル的な考え方にそれほど抵抗がなくなった現代に置き換えると、格別おかしなことを言っているようには聞こえない

そして、個人的にこの映画を観ての最大の収穫は、私がインド文化に入れ込んでいる根本的な理由がわかったことだ。

映画の中で、スリラプラブバーダと信者たち一行が、拠点としていたニューヨークからサンフランシスコへ渡る場面があるが、それは私が10代の時に雑誌で見て以来、影響を受け続けている、サンフランシスコのアレン・ギンズバーグなどのビート文化やヒッピー文化がまさに頂点で栄えていた時代の光景だった。

ビート、ヒッピー、東洋思想、スピリチュアル、インド。

私もその時代にアメリカに生まれていたら、ハレ・クリシュナの信者だったかもしれない。

そういえば、私が昔からオレンジ色の服を好んで着るのはただの偶然だろうか。

2020年8月8日土曜日

パーマで生まれたひとのこと

自分の外見によく似た人が身近にいる、と感じるのは、人が自分の容姿に自信を持つ過程でとても重要なことなのだけど、日本ではまだそれが軽視されていると思う。

8月8日土曜日。東京は終日30度超えで、私は1日中、髪のことを考えていた。

一歩外に出れば、汗が噴き出してくるような湿度の高い夏の日は、日本の8月では当たり前で、カールと湿気を含んだボリュームで膨れ上がった私の髪を見て、梅雨の終わりを感じた。

私の髪の毛は、上の表でいうと、2Aと2Bのミックスで、世間では天然パーマと呼ばれている。

生まれた時から髪がまっすぐなることなんてなかった。

ストレートパーマをかけることの魔法を知った10歳から25歳の期間を除いて。

私の育った高知の田舎の小学校でいうと、1クラスに30人くらいいたとして、完全なるウェーブとパーマの髪の人は2-3人くらいで、中高ともっと規模の大きな区域の学校に進んでもその比率は変わらなかったから、多分それが日本の平均だと思う。

私の育った90年代は、安室奈美恵がスーパーストレートのロングヘアーをなびかせて、細い足にニーハイブーツを履いて、TRCみたいなポップなR&Bを歌っていた。

当時友達との会話の中心だったりぼんやちゃおの少女漫画には、ペンで描きやすそうなストレートヘアの女の子が大きな目で元気に愛想を振りまいていた。

友達たちと、少女漫画の絵の描きっこをしていて、皆セーラームーンに出てくるような腰まであるストレートヘアーの女の子の絵を描く中、リーダー格のあいちゃんは、私みたいな髪の子も描いたよ、とゆるくウェーブを描いたショートヘアの女の子の絵を混ぜてくれた。

でも、私はそれを可愛いも思えなかったし、あいちゃんの情けは自分と皆との違いを際立たせた。

ストレートヘアが、日本の可愛いの中心だった。


そのあと大学に進んだ2000年代の後半くらいに、「ゆるふあパーマ」なるものが世間を席巻した。

私が願ってやまなくて、自分独自の科学に基づいて数々の実験を行った(玉ねぎの皮を用いるなど)にもかかわらず手に入れなかったストレートヘアに、あえてパーマをかけて「動き」をつけることでおしゃれに見せようとする取組みが、若者の中で広がった。


掌返しも甚だしい。私はその流行に踵を返して、定期的にストレートパーマをあてて「平常」な髪であろうとした。

ストレートヘアにすることで、やっと、世間の女の子と同じ舞台に立てる気がした。マイナスを0にする行為。

ヘアやメイクで可愛くなるのは、1を10にするんじゃなくて、マイナスを0にすることなのだ、と、日本のファッション雑誌から教わった。


2020年

ヘアやメイクは、1を100にする魔法だと教えてくれる動画をたくさん目にするようになった。





あなたの生まれ持った髪や肌の色や形は特別なもので、それだけでパーフェクトで、「1」であるのだと。

なんだ、それでよかったんじゃんと33歳の私はやっと気づく。

日本でパーマでうまれた人も、ミックスで生まれた人も、何かが皆と違うと感じている人も、「そのままのあなたが大事」と、どんなセレブリティも言ってくれる。


JとK-popのアイドル文化を除いて。


まあ、それをここで議論するつもりはないけど
コロナで海外に行けない今思うのは、
東京にいると、自分と周りの日本人や韓国の女の子の容姿の素晴らしさを比較して自信をなくすことが多くなるなあということ。

そして、もう一つは、在宅勤務になる前に近所でよく目にした、朝お母さんに連れられて登校するインド系の小学生の女の子のこと。

あのシャイそうな女の子が今何をしているかな、あと何年かしてヘアメイクに目覚めて、どんな自分を理想とするだろうということ。

YouTube でもTikTokでも、世界中にいる自分に似た容姿の女の子をみることはできるし、その中で自分の理想のビューティー像みたいなものも見出すかもしれない。
でも、K-Popのアイドルの容姿が理想とされてる友達の間では、どんな風に自分らしさを見出すことができるんだろう。


パーマで生まれたひとは、他人のことをよく考えてしまう。

今の10代の子は、もっと多様性に寛容で、自由。

そんな日本であってほしいし、まずはドラッグストアにリアーナのFenty Beautyをおくことから始めよう。

2020年5月17日日曜日

新しい夏のはじまり



摂氏25度の5月の晴れた夕方5時ごろ。
こんないい天気のブルックリンは、夜8時を過ぎても明るくて、通りから南米の音楽が流れてくる。私は近所のチャイニーズ系のデリで6本パックのハイネケンを買って帰る。

そんな風景を、東京目黒のマンションで、ブラインドから入るオレンジ色のやわらかい日光を横目に、一人思い浮かべていた。

夏の始まりの明るい夕方に、白ワインを飲むのが好きだ。

今朝はあまりに天気がよくって、行ったことのない近所の公園まで散歩をした。林試(りんし)の森公園。今から約120年前に作られたというその公園は、都会の住宅地の中にあるとは思えないほど鬱蒼とした森が生い茂っていて、そこは、私がブルックリンに住んでいた時にお気に入りだった公園、ベイリッジのOwl’s Head Parkみたいだった。

公園の中を一人歩きながら、東京での生活も悪くないかもしれない、と思った。

東京での新生活を否定し続けたこの直近の2年間は、忘れらない恋人にダラダラと未練をもつ私の悪い癖と同じで、頻繁にニューヨークに通い、昔の友達や男の子たちに会い、まるで日本に帰国したようには見えないかのように過ごすのが、私の生きがいだった。

でも、それもこのパンデミックで、一旦休止になった。

私がニューヨークに渡航できるのは最低でも1年後くらいなものだろう。それ以上に、目標としていた再移住は、パンデミックによるアメリカの人口の14%、2,000万人以上と言われる高い失業率も加わってさらに高い壁となった。

ビザだけではなく、渡航自体もいつできるか分からない状態。現地で暮らす人も明日の生活が分からない状態のニューヨークは、当たり前だけど今までとは全く違った場所になっているんだろう。

もちろん人と人との繋がりだったり、地域のスモールビジネスを応援する取組みだったり、ニューヨークの素敵な部分はたくさん残っているはずで、それがあるのもニューヨークの人が地域に根付いて、地域のためにアクションを起こしているからにならない。

私は東京のために何かできているだろうか。

自分の住んでいる場所には関心を払わずに、根なし草のように国と国を飛び回って、観察と消費をしているだけの生活。

そんな生活は、もう今年はできない。
そしてそんな生きがいの価値観は、もはや古くなってしまったように感じる。
"旅をするように生きる"、ノマドワーカー、ヒッピー...

場所から場所へ移動する生き方ができなくなった今、旅行以外に自分の好きなものを他に見つけるしかない。

身近な生活に目を向けるしかなくなった。

それは現在と向き合うことでもある。
ニューヨーク生活を送っていた過去や、次の旅行の計画と行った未来ばかりに目を向けすぎて疎かになっていた現在。

また、新しい扉が開く気がする。



Owl's Head Park in Bay Ridge, Brooklyn

イーストリバーならぬ、大西洋が一望できる公園。

2020年5月3日日曜日

プリンセスノキア(Princess Nokia) "Soul Food y Adobo"を和訳してみる

ニューヨーク出身のラッパーで、LGBTQIAのインディーシーンから人気を広げ、2020年2月に4枚目のフルアルバム『Everything Is Beautiful』を発表したPrinces Nokia(プリンセスノキア)。

プエルトリカン系で、ハーレムで育った生粋のニューヨーカーの彼女は、ニューヨークについての曲を複数作っているのだけれど、その中でも特に、特にニューヨークのスパニッシュハーレム / ラテン系コミュニティへの愛を感じる曲"Soul Food y Adobo"をチョイス。





一発目のメロディから、もうニューヨーク。

コーナーにあるデリ、花屋、ランドリー、各国料理のレストランに移民の話す外国語、多種多様な人種のニューヨーカーたち。そんなマンハッタンのストリートをぐんぐん歩いていく情景が思い浮かぶ。

"I love that soul food, adobo
A little mixed with sancocho"

とサビから聞き慣れない単語が並ぶが
adoboもsancochoも、ラテンアメリカの家庭料理の名前で、プエルトリカン系の家庭で、ラテンアメリカ系移民の多いイーストハーレムで育ったプリンセスノキアにとっては地元の味。

イーストハーレムは、90年代に大変物騒な地域として知られていて、ニューヨークに慣れた人でも夜一人で行くのはあまりおすすめしない場所だが、それでも今は安全になったらしい。

私も、ニューヨークに来た当初出会ったプエルトリカン系の女の子に連れられて、夜スパニッシュハーレムことイーストハーレム116丁目でプエルトリカン料理を食べたことがある。

友人のおすすめでバナナのフライやあと数点を食べて、味がおいしいかどうかは正直分からなかったけれど、お世辞にもきれいとは言えないローカルの店で、初めて会った地元のラテン系のにいちゃんや店員も会話に加わって来たりして、ほっこりした気持ちになったのを覚えている。ラテンアメリカ系の人々は、人情深くて、とても温かい。

そんな経験もした関係か、その後プエルトリカンやドミニカン系の住民が多いブルックリンのサンセットパークに住むことになるのだけど、近所のスーパーには、スペイン語のラテンアメリカの音楽がガンガンかかってて、トルティーヤや中南米系の食材が豊富だし、店員もスペイン語で話しかけてくるような場所だった。

そんなラテンアメリカ系のニューヨーク文化に浸りきった私には、この "Soul Food y Adobo"は、まさに私の思い出を掘り起こすような曲で、何度でも聞きたくなる特別な1曲だ

That Café Bustelo
With milk and sugar to mellow
Know some Caribbean fellows
That get you pregnant by hello
That baby shower, that party
That quinceañera get started
The titis got you, don't worry
So don't you leave in a hurry

カフェ・バステロ*
ミルクと砂糖で甘くしたコーヒー
カリブ系の顔なじみたち
ハローって挨拶一つであんたを妊娠させちゃうような男たち
ベイビーシャワー、パーティー
キンセラネェーラ*が始まる
あのお猿さんたちあんたを手に入れた、心配しないで
でもね、早めに立ち去った方がいいと思うんだ

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 補足情報
カフェ・バステロ*
イーストハーレムにあったキューバスタイルのコーヒーを出すカフェで90年の歴史を持つ。ラテンアメリカ系移民のコミュニティにとって重要な憩いの場でありアイコニックな場所の一つ。

キンセラネェーラ*
15歳になった少女をお祝いするラテンアメリカの儀式。

2020年5月1日金曜日

NYC Bitche$ オークワフィナ(Awkwafina) を和訳してみる

出演者全員をアジア系キャストで固めた映画『クレイジー・リッチ!(Crazy Rich Asians)』や『オーシャンズ8 (Oceans' Eight) 』で唯一のアジア人メインキャラクターとして出演。

人気番組『Sataurday Night Live』ではルーシー・リューに次いで、18年ぶりに二人目のアジア系女性としてホストを担当。瞬く間にスター街道を登り詰めたニューヨーク出身のラッパー・オークワフィナ。






2020年の今では出演作が絶えない人気俳優の一人だけど、そんな彼女が2013年に発表した曲『NYC Bitche$』があまり世の中に知られていないリアルなニューヨークソングとして傑作なので、拙い知識で和訳ならぬ意訳してみたいと思う。

この1曲を聞けば、通好みのニューヨーク観光ができると言っても過言ではない。誰もが知ってる観光地は歌詞に入ってないけど、ニューヨーク在住者が「ああ、分かる」とうなづく人気スポットがいっぱい。そしてディスもいっぱい。

※訳文には、私個人の解釈が含まれています。
* が付いている箇所は、最後にニューヨーク観光情報を補足しています。


[Intro]
Oh my god

Do not look, but that guy has a crack pipe and it's out right now
He's beckoning toward us
Don't drop the subway map, bitch
If you drop the subway map, we're never gonna get outta Queens

[Verse 1]
What's poppin' in the BK, Prospect Expressway
Fuck that museum shit unless it's first Saturday
Bitches be in Bushwick, they all live in Bushwick
They all love Bushwick but I say "FUCK DAT SHIT"
Pull over by the Burg
Hipster pussy market
Feelin' on these vegans despite the smell of armpits
The skinny ones are artists, it's obvious they starving
Your shit art don't pay bills it eats Ramen

[Hook]
New York City Bitch, that's where I come from
Not where I moved to on Mom and Dad's trust fund
New York City bitch, that's how I'm rolling
You out-of-state fakes get your iPad stolen


[Intro]
おっと
見ちゃだめ クラックのパイプ持ってる男がうちらのこと呼んでる
そこの観光客、サブウェイマップ落とすなっての
それなくしてどうやってクイーンズから出るっていうのよ

[Verse 1]
ヘイ、ブルックリン調子どう
プロスペクト高速道路
ブルックリンミュージアム 第一土曜以外はクソ*
ビッチ達はブッシュウィックにいるって*
揃いも揃ってブッシュウィックに住んでるよね
奴らはみんなブッシュウィック大好き
ファック やってられない
スモーガスバーグ*に行ったんだけど
ヒップスターのくそマーケットだわあれ
脇汗の匂いに負けないヴィーガンのアーティストたち*
痩せてる奴ら全員完全にお腹空かせて死にそうじゃん
あんたらのアートなんちゃらは家賃も払えない
買えるのはラーメンだけ

[Hook]
ニューヨークシティ ビッチ、私はここの出身
ママとパパの仕送りで移り住んだんじゃない
ニューヨークシティ ビッチ、私はハイ状態
地方出身の偽ニューヨーカーはiPadでも盗まれろ



[Verse 2]
What exactly is in Red Hook, aside from Ikea
Can I take a train there? No idea
Traffic on Atlantic, bitches stay alien
Yo peep that mess Jay-Z call a stadium
Uptown bro-fest, 20-something douchebags
"Let's get a pint bro, yo where the skanks at?"
East Village poppin', college kids coppin'
Drank too much now the IVs droppin'
West Fourth pizza, stop in front of Joe's
Chillin' with the lezzies outside of the Cubbyhole
Ave of the Americas, driving in the bike lane
Sloppy ass bitches coming out of the PATH train
Bitch, where your pants at? It's 25 degrees out
You eatin' nachos on the block with your pussy out
Queensbridge Projects, Long Island City
Forest motherfuckin' Hills, bitch, get shitty

[Hook]
New York City Bitch, that's where I come from
Not where I moved to on Mom and Dad's trust fund
New York City bitch, that's how I'm rolling
You out-of-state fakes get your iPad stolen

[Verse 3]
No I'm not from Flushing, I wonder why you think that
Citi Field, bitch, where the overpriced drinks at
What's poppin' in the Bronx, Third Avenue Bridge
All the tranny hookers on the point get it in
Blunts in the whip, now we got the munchies
I wonder if the corner store still sell loosies

[Hook]
New York City Bitch, that's where I come from
Not where I moved to on Mom and Dad's trust fund
New York City bitch, that's how I'm rolling
You out-of-state fakes get your iPad stolen

[Outro]
Bitch
Oh my god, oh my god. Wait, there's...
Okay, okay
To your right, there's this Asian girl, she has two live chickens in cages, she just punched a man for a subway seat, and she is coming toward us
This is Awkwafina, bitch. I just stole yo iPad and now I'ma sell it to buy more live chickens



[Verse 2]
イケア以外にレッド・フックに何がある?正直*
電車で行ける場所? マジわからない
アトランティック・アヴェニューの混雑 よそ者たちはずっとよそ者
どんなに悲惨になってるかのぞき見でもしようかな
Jay-Zがスタジアムって呼んでたあそこのね*
アップタウンの男祭り 20代のアホな若造たち
”よう、ビールでも飲もうぜBro このおならの臭いどっから来てる?"
大学時代に飲み過ぎてアイビーリーグを退学
ウエスト4にあるピザ屋 Joe'sの前で立ち止まる
ゲイバーの外でレズビアンたちとチルする*
アベニュー・オブ・アメリカ  バイク専用レーンでサイクリング
PATHトレインの出口から軽そうな女たちが出てくる*
ビッチ、あんたたちのボトムどこ行ったのよ? 外はマイナス3度だっつーの
あんたのアソコ晒しっぱなしでナチョス食ってんなよ
クイーンズブリッジ、プロジェクト*、ロング・アイランド・シティー*
クソなフォレスト・ヒルズ、ビッチども
全員どっか行ってほしい

[Hook]
ニューヨークシティ ビッチ、私はここの出身
ママとパパの仕送りで移り住んだんじゃない
ニューヨークシティ ビッチ、私はハイ状態
地方出身の偽ニューヨーカーはiPadでも盗まれろ

[Verse 3]
いや、私フラッシング出身じゃないから*
うーん どうしてそう思ったのかな
シティ・フィールド、馬鹿みたいに高いアルコール売ってる
ヘイ、調子はどうよブロンクス 
サード・アベニューブリッジ
トランスジェンダーの売春婦たちはみんなそこにいるの
鞭に叩かれて喜ぶアホ面たち みんなまとめてムンク*を食らう
ああそうだ、あのコンビニにまだタバコ売ってるかな

[Outro]
ビッチ
あ、やばい ちょっと待って
はいはい、分かった 分かった
あんたの右の方にアジア系の女の子いるでしょ 
その子二匹のチキンが入った籠を持ってて、そう今ちょうど地下鉄の中の席取りで男を殴った 今こっち向かって来てるじゃん
 私がオークワフィナだっての ちょうど今あんたのiPod盗んだとこ
これ売ってもっと生きたままのチキンを買うんだ


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*補足情報
ブルックリンミュージアム 第一土曜以外はクソ*
第一土曜は無料で入れる。

スモーガスバーグ*
ブルックリンで毎週末行われるオープンエアーのマーケット。人気フードベンダーから古着屋、雑貨屋、アートなど様々な店が出店し非常に競争の高いマーケットとして有名

ビッチ達はブッシュウィック*
若者に人気のエリア。アンダーグラウンドなクラブやバー、古着屋などがひしめき合う。昔はたいそうな危険地区だったが、多くのおしゃれな白人や若者が移り住んだ結果、安全な場所になった。

脇汗の匂いに負けないヴィーガンのアーティストたち*
ニューヨークはヴィーガンこと究極のベジタリアンが多い。特にアート系やヒップスター(個性重視の格好やライフスタイルをしている人たちのこと。若干軽蔑的な意味で使われる)に多いイメージがある。

イケア以外にレッド・フックに何がある?正直*
レッド・フックは、ブルックリンの西イーストリバーに面するエリア。一見工場地帯のようながらんとした場所だが、近年おしゃれな人が住む場所として人気。

Jay-Zがスタジアムって呼んでたあそこのね*
バークレーズ・センターのこと。ブルックリンの玄関口アトランティック・アベニュー駅に直結している。

ゲイバーの外でレズビアンたちとチルする*
West 4thと呼ばれる駅はマンハッタンのワシントンスクエアパーク近くのグリニッジヴィレッジにあり、ゲイタウンとして有名なクリストファー・ストリート周辺にも近い。

PATHトレインの出口から軽そうな女たちが出てくる*
ニュージャージーとマンハッタンを繋ぐ地下鉄。ニュージャージーは東京に対しての埼玉的な立ち位置のため、生粋のニューヨーカーからすると少々田舎者扱いとなる。

プロジェクト*
低所得者向けの集合住宅

ロング・アイランド・シティー*
クイーンズ内のマンハッタン寄りに位置するエリア。近年再開発され真新しいコンドミニアムが立ち並ぶ ”新しいマンハッタン”になりつつある。

いや、私フラッシング出身じゃないから*
 フラッシングはクイーンズ最大のチャイナタウンがある場所。中国系と見るやフラッシング出身かと聞かれるのは差別的な見方があることを示唆している。

ムンク*
munchiesはスラングでスナックという意味と、BDSMの集会というような意味があるらしい。直前に鞭という単語が出て来ているので、恐らくこの2つの意味をかけていると思われる。


*豆知識1 
ニューヨーク市は、5つの区に分かれていて、真ん中にあるマンハッタンがいわゆるタイムズスクエアやブロードウェイ、ウォールストリート等がある"ザ・シティ"。
ここ20年でカルチャーの発信地からおしゃれな高級住宅街に姿を変えつつあるブルックリン、移民のマルチカルチャーとアートが混合するクイーンズ、荒廃したヒップホップの生まれ故郷からどんどん新しい住民に開発され始めているブロンクス、フェリーでしか行けないスタテン・アイランド。この5つの区で構成されるのがNYC(New York City) となる。

*豆知識2
90年代はお金のないアーティストや移民が住み着く場所だったブルックリンが、今や地方から来たアーティスト志望の学生や外国人、金融/ITのヤングエリートが大量に住み着く場になり観光地と化したため、家賃が数倍に高騰。その土地で生まれ育ったニューヨーカーが家賃を払えなくなり、家を追われるという現象が問題となっている。これはジェントリフィケーション(Gentrification)と呼ばれている。